デザインオフィスについて

ララデザインでは、生活用品を中心にプロダクトデザインやグラフィックデザインのご依頼も承っております。
商品の企画・開発段階から販売、リニューアルまで、柔軟にデザイン領域を設けていますので、お気軽にご相談ください。

お一人で制作を続けている伝統工芸の職人さんから、地域に根差した産業、製造業の新商品開発まで、
ララデザインの二人が一緒に悩み、一緒に歩みます。

詳しくは、デザインオフィスのウェブサイト『 rala.jp 』をご覧ください。

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メッセージカードのデザインの種
posted 2013/6/1
■ 子供も大人も、我慢する博物館。

東京駅の目の前に「KITTE」という施設が3月にオープンしました。
以前は、東京中央郵便局の建物だったのですが、一部を残し一部を改築して
言うなれば、郵便局がテナントを集めてデパート始めた、という感じです。
テナントとして入居しているお店もなかなか面白いのですが、
今日のおススメは、「インターメディアテク」。

名前だけを聞くと、科学技術の研究施設の様なのですが、
噛み砕いていえば、東大の標本展示室です。小さな博物館ですね。
展示物は、東大で研究を進めてきた方々が、実際に研究で使用してきた
「本物の標本」です。
化石があったり、動物のはく製や蝶の標本、宝石の様な鉱物の結晶・・・
はっきり言って、古いものばかりです。それどころか、ホコリも
展示の一部、ということで、ホコリまみれの銅像などもあります。

でも、おススメなんです! その展示内容もさることながら、展示手法も。
博物館を観覧する感覚よりは、探検する感覚です。
ただ、その展示手法のせいで気を付けないといけないことがあります。
「絶対触りたくなります、いろんなものを。」
しかし、「お手を触れないでください。」と小さく貼ってあります。
子供は触ってしまうでしょう。私は十分大人ですが、我慢するのに必死でした。
元々は標本ですから、展示用でなく、もろく壊れやすいと思われます。
たぶん触ればすぐ壊れますが、触れる場所に露出されて置かれています。
でも、触りたくなるような、興味を引く展示なんです。
そんな博物館を作った東大の心意気にやられてしまいました。

そして、小さな声でお伝えしますが、無料です。入館料が無料なんです。
他府県からいらっしゃる方は、最近は、上野や品川で新幹線を
降りてしまったりで、なかなか東京駅を利用しない方も増えたのでは。

でも、切符を東京駅着にして、商業施設も含めて2時間をKITTEで
過ごしてみてはいかがでしょう。

インターメディアテク訪問は、我慢できる方だけですよ。。。

KITTE website
インターメディアテク website



メッセージカードのデザインの種
posted 2013/5/26
■ 「作る」と「見せる」は別問題。

他者のやっている事には気付いてアドバイスが出来るけれども、いざ、
自分の事となると、とたんに何をすれば良いのか分からなくなる、
そんなことが良くあります。
例えるならば、人の恋は冷静に判断できるのに、自分はいつも初恋状態、
という感じ。

写真は、壁面をレンタルして商品を並べた出展販売の1枚です。
半年に1回のペースでこの会場に出展して、陳列を行っているのですが、
毎度の模索。
最近の陳列では、商品をカテゴリーに分けずに、ごちゃ混ぜにして
並べるのが定番になりつつあります。
ごちゃ混ぜと言っても、ランダムではなくて、商品の色味をバランス良く
配置するというイメージが近いと思います。
でも、ポストカードがバラバラの位置に置かれていたりもします。
正直に言って、どんな風に並べたら、興味を持って見てくださるのかは
分かりませんが、手探りで模索していると、たまにピントが合う時があります。
(お客様の反応で、そう感じる時があります)
そのまま通り過ぎて、ピントがずれることも“多々”あります。

この頃は、半年ごとの出展でもララデザインの存在を覚えていて
くださっているお客様も多くなってきましたので、ハードルが高くなりがちです。
この毎度毎度、陳列にドギマギしてしまう自分たちを、客観的に、他の人の
陳列を見るようにできないかと、出展中は試みています。
ブースを離れて、会場をぐるりと1周して、気持ちを新たにしてブースに戻ります。
が、やっぱり客観的に見るのは難しい・・・

出展販売の会場で、「陳列アドバイス屋さん」なんてブースがあったら、
お客さんとして発注しちゃうかも。



メッセージカードのデザインの種
posted 2013/5/11
■ ささやかなものに気付いた時の喜び。

道端に綺麗な花が咲いているのを見つける時があります。
そして、花が咲いていても、特に気に留めない時もあります。

通学や通勤の時には、咲いていることに気付きはしても、
足を止めてまでは鑑賞しないし、できないし、という感じでしょうか。
でも、「気付いた自分」には、何かをもらっている様な気がします。
「綺麗に咲いている花に、気付くことができた自分をもらった」
とでも言いましょうか・・・
単純に言えば「あぁ、気付けて良かった」という感じですね。

花自体も素敵なのですが、その綺麗さに「気付く」ことも素敵。
さて、明日は「母の日」。
大喜びさせるような母へのプレゼントも素敵ですが、
道端に咲く花のように、そっと気付かせるプレゼントも
とても素敵だと思います。


果たして、父の日は・・・



メッセージカードのデザインの種
posted 2013/5/4
■ 手創り市に期待する人、手〜挙げて〜 はいっ!

東京の千駄木駅の近くにある養源寺というお寺の境内での様子です。

この会場で手創り市が開催されるようになってから、まだ5回も
開催されていません。
不運なことに、待望の第1回開催日は、雨で中止でした。
会場も、人通りの多い場所に近い訳でもなく、交通の要所な訳でもなく。
さらに言えば、この市は「隔月」開催です。
当然のことながら、会場を訪れるお客様も少ない。。。

という状態が、しばらく続くと思っていました。
「来場者はパラパラと・・・」を覚悟して出展をしていました。
が、3回目の出展で、写真の様な賑わいになりました。
完全に賑わっています。

出展しながら感じました。
手創り市の「にぎわい」は人が作るんだなぁ、と。
偶然に通りかかった人だけでは、生み出せないこの賑わいは、手創り市の
事務局が情報を広めて、出展者が案内して、お客様がお友達を誘って
出来上がるんだと感じました。
単に、手創り市が開催されていて、偶然に人が集まっているのではなくて、
とても能動的に、人が人を呼んで集まってもらっているし、人に呼ばれて、
行ってみたくなって集まっている。
事務局も、出展者も、来場者も、みんな「期待」をして
集まっているんだと思います。
だから「手創り市」は「期待できる市」。
事務局や出展者はそれに加えて、お客様から「期待される市」。

「期待」が賑わいを生み出して、その期待は「人」が作り出すんだと、改めて実感。
写真の人たち皆の心に「期待」が住んでいるとすると、スゴイ数だ、こりゃ。



メッセージカードのデザインの種
posted 2013/4/29
■ 一人のおすそ分けが、見知らぬ人達の行動を同一に。

掘りたての筍を「おすそ分け」してもらいました。
竹林を適度に保つためには、竹が密集しすぎないように筍をある程度
間引くことが必要なのだそう。
伸びすぎる筍を放置はできない → 食べきれない筍 → おすそ分け。
ギフトを贈る、貰う、という関係とは、また違った味わいの嬉しさです。

「贈り物」って、相手の事を想って創り出したり、自分の持ち分を
切り分けたり、どこかから探してきたりして、自分から相手に「モノが
移動する」印象ですが、一方、おすそ分けは、少しだけ「共有」する
感覚が入っていると思うのです。

掘りたての筍をもらったら、その日の内にアク抜きや下処理を済ませて
美味しくいただきたい。
だから、あの人におすそ分けをしてもらった人たちは、
今頃みんな、鍋で筍グツグツ・・・
場所はそれぞれ違えど、同じ竹林で掘られた筍が、いろんな場所で、
一斉にアク抜きをされている。
そんな光景を想像すると、何だか楽しくて、食べるのも楽しみだけれど、
おすそ分けで発生する「つながった時間」っていいな、と思いました。



メッセージカードのデザインの種
posted 2013/4/21
■ 職業欄に、いくつ書く?

八百屋さんがあって、肉屋さん、パン屋さん、靴屋さん、レストラン・・・
多くのお店が専門店として営業をしている中で、ララデザインは何屋さん?
と考える時がよくあります。
このウェブショップや出展販売の時は、「メッセージカード屋さん」
というのが、一番わかりやすいと思うのですが、ひと括りに出来ない部分が
ポツポツとあります。たとえば、ロゴのデザイン。
音楽教室やヨガスタジオのロゴ制作を行ったりもしています。
一方で、今日は何をしているのかといえば、木を削ったり、布を貼ったりして
東京・神保町にオープンするワーキングラウンジの備品を制作しています。
さらにさらに、おとといは?と言えば、鋳物メーカーと一緒にプロダクトの
デザインを行っていました。

大きく括ってしまえば、名前の通り「デザイン屋さん」なのですが、
最近のデザインって言葉、なんだか怪しいですよね・・・
なんでも「デザイン」って、くっ付けちゃうみたいな。

ある時は、「農家」に近いんじゃないか?と思ったこともあります。
複数の作物を育てていたり、季節によって仕事内容が変わったり。
時には、育てた作物を車に乗せて移動販売を行ったり。。。
海外では、週3日を会社員として働き、週2日を警察官(警備員ではなく)として
働いているというスタイルも紹介されていました。

肩の力を抜いて考えてみれば、色々な仕事を組み合わせて働くことを
自分のスタイルにしたっていいじゃない。と感じました。
そして、もっと感じたのは、「自分の生活が活発になりそう!」

皆さんは「○○屋さん」を幾つやりたいですか?



メッセージカードのデザインの種
posted 2013/4/13
■ いびつな積み重ね方してます。

ものごとを積み重ねると、上手くなったり、手早くなったり。

ララデザインでは、何を一番積み重ねてきたんだろう? と思い返すと、
その一番は、「議論の時間」だと思います。
一つのカードを生み出してから、在庫制作して販売するまでの時間を
円グラフにすると、圧倒的に「どんなカードにするか会議」を
しているエリアが一番広くなります。それは「延々と」という表現でも
差支えないほど、長い時間を「検討」しています。
その次は、やはり描く時間と設計する時間が多いでしょうか。

では、何をそんなに? と言われれば、
新たに作り出すカードの世界観を決めることと、
そのカードを買って、使って、受け取る人の視点をなるべく想像することに
多くの時間がかかります。
前者の“世界観”は、日常生活の中で面白い種が転がっていますので、
それらを溜めておいたり、探したりして、カードのモチーフに似合う
種を当てはめます。ですが、後者はほんとに難しい。。。
子供の気持ちになったり、左利きになったり、孫にプレゼントするお年寄り
になったり、告白する男の人になったり、OLや主婦になったり、
看護婦さんになってみたり、雑貨屋さんになってみたり・・・
いろんなシチュエーションを想像してみて、カードの面白さを考えてみる
のですが、その時間のララデザインは、意味のあること無いことずっと
話したり、黙りこんで頭がグルグルしたりしています。

普段は、商品だけずらーっと並んだ状態でお客様にご覧いただいて
いますが、「ララデザインのカードって、どんな風に作られるの?」と
興味を持たれたお客様がいらっしゃれば、と、その一端を書いてみました。


最後にお知らせですが、
毎月のように参加してきた「鬼子母神 手創り市」ですが、
5月の出展応募を忘れてしまいました。なので、5月の出展販売は
デザインフェスタのみとなります。
(4月はちゃんと、21日と28日の手創り市に出展しますよ!)

出展応募の「積み重ね」失敗しましたっ!



メッセージカードのデザインの種
posted 2013/4/7
■ 3つの点のものがたり。

人は、逆三角形に並んだ3つの「点」を見つけると
「顔」だと認識しがちなんだそう。

街で子供が「お母さん、あそこにお顔があるよ」とか、
写真に写った壁のシミや汚れが、顔に見えて恐くなってしまうとか。
動物の本能から考えて、認知科学から考えて、、、など色々あると
思いますが、その辺りは別の機会にとっておいて、
「顔」に見えた時の「気持ち」に少し興味が湧きました。

顔を発見した時には、
かくれんぼのオニをしていた時の「見つけた!」感や、
その顔は、どんな気持ちで、どんな事を考えているんだろう感、
さらには、その顔からムクムクと物語が生まれて、絵本作家感も
味わえるような気がします。

街なかにあるいろんな顔を探してみませんか? なんてことを言う
気持ちはありませんが、偶然にも顔を見つけて、一瞬、心がその顔を
二度見した時の気持ち、なんだか面白くありませんか?
見つけた時の自分の心を映している様な気がするのです。

その、一瞬だけ心に感じた印象を味わえる時間というのは、
「自分ってこんな風に感じる性格の人なんだ」と
自分を感じる時間なのかな、と思いました。

それでは、
最近砂浜で見つけた顔の写真を皆様に。



posted 2013/3/29
■ 気づいたら色。

意味の無い色ってなんだろう、と思う時があります。

モノは光に当たると様々な色を見せてくれますが、
それらは素材そのものが持つ色。
人がペンキや絵具で色を付ければ(変えれば)、塗った色。
魅せる色、警告する色、リラックスさせるための色。
今のところ、「自然物が持っているもともとの色」と、
「人が意図的に着色した色」はすぐに思い浮かぶのですが、
自然物や素材の色ではなく、特段意思も無く人が着色した色って
どんなシチュエーションなのか想像がつきません。
(ペンキの色に興味がなくて、とか、絵の具がこれしかないから、
という意味ではなくて、神様に命じられたようにその色を選んだ
というような雰囲気のことなのですが)

でも、必ずそのような状態になることあると思うのです。

「無意識のうちに塗ってしまった色」が近いのでしょうか。
きっとそれは、心のままに塗った色、考えるより先に塗った色
ということになると思うのです。
そんな色を自分が生み出し、さらには綺麗だと感じる配色だった
としたら、どんなに感動してしまうだろう、と妄想していました。



posted 2013/3/23
■ 道路が石畳だったら、ヨーロッパの電車かと思ってしまうかも。

先日、九州の市電が走る街へ商品の陳列に行きました。
市電という言葉には「懐かしさ」を感じさせる雰囲気があります。
「だんだん無くなっていくもの」の様な切なさまで・・・

その様な中で、まだ製造されて新しい車両が走っている光景を見かけたら、
違和感もありましたが、不思議な気持ち良さを感じました。
何だか、とてもクリーンな光景が目の前に現れた印象でした。
海外では、鉄道より小回りが利き、排ガスを出さない乗り物として、
“むしろ”路面電車に力を入れている街も多くあることを
思い出しました。
そして、もう一つ。道路も、線路も、段差なくつながっていることが、
気持ち良く感じました。東京にも「都電」がありますが、こちらは
線路の両脇に柵が設けてある部分があります。
どちらが良い、悪い、ではなく、柵で囲われていない広い道路の上を
シャーっと走る気持ち良さを路面電車は持っていると思うのです。
電車が走る様子は、優しくて、気持ちよく感じていそうなくらい。

新しくて現代的な車体の路面電車に最初は違和感を覚えたけども、
変に「新しいのにレトロを装った車体」を走らせる必要なんてなくて、
単に今の時代に必要な交通手段なんだ、と実感しました。



posted 2013/3/16
■ 畑は、オセロの特例ルールで。

畑のある光景は色々ありますが、住宅街にぽつんと残された畑を見かけると
少し救われたような気持ちになります。それが趣味の畑ではなくて、
「農家」として手入れされている畑ならばなおさらです。
日頃は、関東エリアを動き回っていますので、「住宅街の中の畑」には
よく出会います。以前は、周りもすべて畑であったであろうその場所も
1軒、2軒と民家が増えたり、会社のビルが建ったりしたのでしょう。
一区画だけ残っていると、肩身が狭くて寂しそうなのですが、逆に
一区画だけだからこそ、その畑で農作業をしている「人」を感じる、とも
言えると思います。
アメリカのトウモロコシ畑の映像ではあまりにも広大すぎて、
「人」が畑を作っている、という実感が湧かないのですが、周りを住宅に
囲まれながらも存在している畑となると、「人が頑張って続けている畑」
という存在に見えてきませんか?
実際に人はいなくても、畑に人を感じるような気がするのです。
そんな人を感じる畑の存在に、心救われるような気持ちになっています。

ましてや植えられた作物が、一直線に並んでいない光景に出合ったならば、
いよいよ心が惹かれてしまいます。



posted 2013/3/9
■ まぁ、よくある奇跡ってやつですよ。

電源のケーブルとアンテナのケーブルの共同作業です。
おまけにピントが地面の方に持っていかれてしまいました。
いかにも寂しげな光景です。

でもこの光景、比較的いろいろな場所で見かけませんか?
私がよく目にするのは、壊れた(穴の開いた)フェンスを
電源ケーブルで、ジグザグと繋いでいるものです。
フェンスは、ビニールコーティングした針金を編んで作られていますので、
確かに電源ケーブルの材料と雰囲気は何となく似てます。
見た目の色や固さが全く違いますが、きっと人に訴えかけるのでしょう。
「ボク、フェンスの穴を補修するロープとしてピッタリだよ!」と。

「壊れた部分を、別の壊れた物の部品で直す」って、改めて考えると、
何だかすごい。エコや技術の観点じゃなくて、「出会えた感」がすごい。
まったく違う国や会社や時代の物が、お互い結びついて力を発揮するなんて。
壊れた部分に「丁度いい!」と感じさせる相手が、偶然にも現れるとは。

変なところに感動を覚えておりますが、
電源ケーブルもアンテナ線もフィーリングカップルで出会った仲な訳です。

いや、、、出会わせた仲人の手腕がすごいのかな・・・



posted 2013/3/2
■ それは、きのせいです。

梅酒な気分の日、ってありませんか?

梅の花の写真を載せておいて、いきなりお酒の話を始めてしまうのも
気が引けるのですが、梅酒が気になる日ってあると思うんです。
あの香りやとろりとした甘みが、ふと頭に浮かんでしまうと、
何だか梅酒とともに、ゆったりとした時間を過ごしたくなります。

梅に手を加えて作るものって、梅干しや梅酢など色々ありますが、
どれも「時間」が掛かるもの、、、と言いますか、
「時間を掛けてじっくり、丁寧に作りたい・待ちたいもの」が
多いような気がします。
その分、出来上がったものを口に入れた時の「待ちわびていた感」は
とても大きいと思いませんか?

これはもしかして、
梅の木が感じていた「春の訪れを待ちわびる気持ち」が
実の中に詰まっていて、それを人が口に入れると、
人も「また次の機会を待ちわびてしまう」のではないでしょうか。

これって、、、

気のせいでしょうか。 それとも、
木のせいでしょうか。



posted 2013/2/23
■ 2月の手創り市でドキドキするのは。

冬の手創り市への出展は、ちょっとした不安に駆られます。
まずは、私たちの様な紙ものを扱っている人たちにとって
一番の強敵である「風」。ぴゅ〜っとやられたら、コントの様に
慌てて商品を押さえないといけません。
それに伴っての砂埃。第3位は、前日までの雨や雪でしょうか。
当日の雨や雪は、手創り市自体が中止となるので心配はないのですが、
前日までの雨や雪ですと、当日は地面がぬかるんでいます。
そこに商品のサンプルが落ちれば、もう絶対に汚れはとれません。

出展している私たち二人も、寒くて口が上手く回らなかったり、
おつりを取る指がかじかんでなかなか取れなかったりで、
昼過ぎには、膝がギシギシ音を立てて、つい笑ってしまいます。

そんな寒い1月、2月の出展にはホッと暖かくなる一瞬もあります。
それは「バレンタイン」と「ホワイトデー」と「卒業」です。
この時期のお客様には、それらのイベントに使えるカードを
お探しの方も多くいらっしゃいます。
特に、中学生や高校生らしき男の子が一生懸命迷って選んで
いる姿を見ると、こちらもドキドキしてしまいます。
購入してくださった時には、「有難うございました」というより
「良いことが起こりますように!」と言って送り出したいほど。
ララのカードをホワイトデーに使う男の子には、
是非、嬉しいことが起こって欲しい!!

そんなワンシーンが生まれる手創り市に明日も出展します。
風や寒さの中で、「ホワイトデーに何とか気持ちを伝えたい」とか
「卒業するあの人に、せめてひとこと伝えたい」なんて気持ちを
かかえたお客様に寄ってもらえたらいいなと思っています。

先週、新発売したリコーダーとパンのカードも持っていきます。



posted 2013/2/16
■ バゲットと文庫の間に新商品。

カードの大きさは、なかなか自由にならないものです。

何となくこんな大きさのカードを作りたい、という気持ちはあります。
でも、さすがにカード作りは、イラストのモチーフ選びから始まります。
モチーフが決まると、縦横のバランスが決まってきます。

例えばバゲットのカードでは、モチーフにバゲットを選ぼうとしたら、
細長〜いカードになりそうなシルエットが頭に浮かんできました。

ひょっとしたら大きな会社では、この企画段階で「細長いカードなんて
製造しにくいし、書きにくいし・・・」ということでお蔵入りかも。
どうしてもバゲットにこだわるならば、イラストのバゲットを
スライスした絵に変更したり、他のキャラクターにバゲットを持たせて
縦横比のバランスを緩和したりするかもしれませんね。

ララデザインのカードには、ストーリーがある為に、幸か不幸か
モチーフのイラストを簡単に変更できません。
(私たち二人だけで作っているので、気持ちの問題ですが...)
バゲットのカードは、買ったばかりのバゲットを小脇に抱えて
街を颯爽と歩く女性をイメージしているので、スライスしたり、
他のキャラクターが出てきてしまうのはおかしいのです。

そのような訳で、バゲットは、細長いままカードにすることに。
あとは、その縦横比のまま、拡大したり、縮小したり。
実寸で作れそうなサイズのモチーフも、思い切って小さくすると、
とてもキュートなカードになったりします。

バゲットの右側のカードは、手創り市での販売からスタートです。



posted 2013/2/9
■ おす○あく。

「おす○あく」です。

東京・上野に国際子ども図書館という建物があります。
その建物は、明治に建てられ、昭和に増築、平成に改修されています。
明治からずっと使われて、残っている部分もあれば、21世紀生まれの
新しい部分もあります。
その中での「おす○あく」。
写真の木目が表れている部分は、ドアです。とても重厚で、建物の天井も
高いのですが、ドアの大きさもかなりのものです。
開館当時は、「帝国図書館」という名前だったそう。
今は子ども図書館。
このドアは、子どもにとってどんな大きさで見えるのだろう。
ほとんど壁の感覚なのでは? そして、そこに謎の「おす○あく」があるわけです。
多くの人はこの表示を見れば、ドアに手を当てて押すのではないでしょうか。
ちなみに、明治時代には押して入るノブの付いていないドアは珍しく、
あえて表示が必要だったそうです。

きっと今日も図書館を訪れた子ども達は、暗号「おす○あく」を気にせず
ここを通って行くのでしょう。

「おす登あく」なんて意識せずに。



posted 2013/2/2
■ 想像が変わったら、好きになりました。

散歩をしていて見つけました。
倒れた丸太の上に、合板と角材で作られたイス(テーブル?)が一つ。
街中には、誰が?なぜ?という色々な物体が存在しますが、ここにも一つ。
最初は、散歩途中のお年寄りが腰かける休憩用のイスかな、と思いました。
でも、このイスは丸太の上。といいますか、丸太と同じような高さで
またがっています。
休憩用ならば、丸太に腰かければ・・・  しかも、高さも低い・・・
景色も特段良いわけではありません。別に、こんな光景について真面目に
考えているわけではないのですが、気になるのは確か。

そういえば、東南アジアの街中を撮影した映像では、道路脇の露店で、
プラスチック製の子供用のイスやお風呂のイスを腰かけとして
物品販売したり、靴磨きをしたり、時にはお客さんに座らせて散髪を
したりして使っているのを見ることがあります。
しかも、その色が真っ赤だったり、真っ青だったりして、座っている
おじさんがかわいく見えてしまうのです。
「きれい」だとか、「おしゃれ」だとかを飛びぬけて、「便利」が一番。
そんな露店を見ると、弱さの中にもリアリティのある生活力の強さを
感じませんか? そんな光景を想像してみると、いつもお店の人も、
お客さんですらも笑顔が浮かんできます。ちゃんと楽しんでいる感じ。

ところで、写真の光景。
一つ思ったことがあります。
あれはイスではなく、テーブルなのではないかと。
丸太の上には物が置きにくい、だから平面が必要だと。
そして、その平面の大きさ。
ひょっとして、囲碁盤か将棋盤が乗るちょうどいい大きさなのではないか。

テーブルの両脇に、丸太にまたがって座り、次の一手を考える。
缶ビールを置くスペースまでは無さそうだけれど、
なんだか豊かな時間を楽しむ二人が見えてきました。

さっきまで、ちょっとみすぼらしくて暗い印象だったのに、
落ち着いた楽しみや人生の味わいのようなものを感じませんか?
見る側の想像が変われば、暗い事だって明るく見えてくる。
そんな感覚を受けました。



posted 2013/1/26
■ 「お客様、今日はどのアングルで会話なさいますか?」

何かを描く時には、対象物を360度どのアングルから描いてももちろん
自由ですが、描きやすい向きや、印象に残りやすい向き、意味深な向き、など
色々ありますよね。
魚を描く時は、ほとんどの人が真横から見た魚の形を描くと思うんです。
(そういえば、魚を真正面から描いたことが一度もないかも知れない・・・)

魚の顔を真正面から描いた絵などは、なかなか受け入れられずに
モヤモヤします。人に見せてもそれが、魚だか何だか伝わらないし、
魚の気持ちを想像するような気持ちになんて、ならないと思います。

一方、記憶の中にあるイメージと、モチーフのアングルが合っていると、
気持ち良く絵を見ることができるような気がします。
特に動物は、動き回りますし、目が合えば、何かを語りかけてくるような
印象すらあるので、描いたアングルによって、その動物の「性格」や
「気持ち」も感じてしまいます。

ところで、あの感じは何なんでしょうか。
迂闊にペットショップに入ってしまうと、色々な動物が話しかけてくるような
気持ちになってしまいます。
こちらは見ているだけだと思っても、心の中で勝手に会話してしまう現象です。
これもやっぱりペットを見る角度の印象で、こちらがセリフを付けている
のでしょうか。

ゲージの中から、かわいらしい“アングル上手”に、たまに出くわします。



posted 2013/1/19
■ 今季は記録更新できましたか?

関東地方に雪が積もって数日が経ちました。
雪が多く降り積もる地方では、一度雪が降り始めると、あっという間に
地面を覆い隠してしまうと思いますが、都心では「うっすらと積もる」
程度の場合がよくあります。

そんな日には、、、
霜に出会えば、踏んでみて、音と感触を確かめます。

表面が凍った水たまりに出会えば、氷の厚さや表面のツルツル感を
確かめます。

道路脇の誰も踏んでいない新雪スポットがあれば、柔らかさや積もった深さを
やっぱり確かめます。

子供の頃に、どれも経験した感覚ばかりです。
いや、子供の頃の方が狂ったように踏んだり、雪にパンチしたりしてました。
それなのに、大人になった今でも、その感覚を味わおうと確かめます。
なぜだろう...

ちょっと考えて思いついたのは、「記録更新」。
霜を見つけると、あのパリパリとした感触が頭に浮かぶのですが、それでも踏む。
だから、ただ単に「あれをもう一度」というだけでなくて、頭に浮かんだ
あのパリパリ感を「超えるパリパリに出会いたい!」という願望があるような
気がします。これは記録更新欲ではないかと。

偶然に出会う舞台ですが、霜に出会った時はあなたもアスリートの一人として
パリパリの記録更新をしてみませんか?



posted 2013/1/12
■ 違いが生まれるとしても。

一輪だけフワッと咲いていました。

人は、呼び声や肩トントンなどで、相手とコミュニケーションを
取りながら「一緒に行動」が出来ますが、植物はどうしているの
でしょうか。人には感じられない連絡方法があるのでしょうか。
日差しや気温等で、すべて自分の判断で行動しているとしたら
一輪だけポツンと咲いてしまうのもうなずけます。

生活に必要な物が揃った全く同じ100の無人島に、100人が
バラバラに住んでいたとしたら、10年後どんな生活をそれぞれ
しているのやら・・・
きっと私の生活も、他の99人とは違う生活を送っていると
思います。

100人の中で比べると、少しの違いが大きく見えて、
ビックリしたり、自慢したり、悩んだりするけれど、
もっと多くの人や広い世界で見ると、違いは小さかったり、
一時的だったりするんだなと、ふと思いました。

自分で感じて、考えて、行動するって、少なからず違いを
生み出す行いだけれど、「違った・違わない」についての良し悪し
よりも、その「違いを生み出しそうな行い」をする人が
素敵だなと感じました。



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